計算機の出現と同時に人工知能の研究は始まりましたが,人間の知能に迫る人工知能の実現は,初期の時代の予想を大きく越えて,困難な課題であることが分かっています.このような人間の知能を理解する研究は,脳の信号処理,情報処理を明らかにすることを目指した脳神経科学的アプローチと,人間の行動や意思決定からその仕組みを理解する,認知科学的アプローチに大別されます.
本研究室では,身体による知覚と行動に関する生理学的アプローチ,及び人間の認知特性の理解を中心とした認知的アプローチに基づき,誰でも使える察しの良いシステム,及び人間の物理的・認知科学的・社会的能力を支援・増幅・拡張する情報機械技術の実現へ応用するため,「人・情報の知能と機械の機能の融合」に向けた身体性と知情意の理解と工学的実現を目標とした人工知能の研究を行っています.
このような人間の情緒的側面を考慮に入れた感性的な情報は,主観的・多義的であり,従来の情報処理の対象であった論理的な知識情報とは異なりますが,我々人間の行動は,知識情報ばかりでなく感性情報によるところも多いでしょう.したがって,誰でも使える察しの良いシステムの実現のためには,論理的特性ばかりでなく,身体性のような物理的特性,さらには感性という人間の情緒的側面を考慮に入れたシステムの構築が必要不可欠と考えています.
人々が行動を判断する過程では,理性と感情(感性)の双方が重要な役割を果たしています.情動と意思がない知能とは,人が判断を下すような行動とは全く異なるということが言えます.これまで工学における人間の感情や感性に関する研究は,多くの人に共通性のある感性を数量的に測定し,製品開発に応用することを主な目的としてきました.しかしながら,このような情報を解釈する手法は確立されておらず,決定的な解が得られていません.近年,脳の中枢神経系の信号から潜在的な情報を引き出したり外部機器を操作したりする試みが広く行われています.進化論で著名な生物学者のダーウィンは,我々は他者の行動や感情をその姿ではなく動きにより理解している,と述べています.このように,末梢神経系による身体動作により顕在化される行動を理解することは,当然ながら人の行動や感情の理解にとって重要だと考えています.
人が行う知的な振る舞いを参考として、これを人工物で実現しようとする研究が人工知能(AI)研究であり、人の知能を理解するための研究であるとも言えます。神経科学が脳の働きを、運動生理学が身体の働きを理解することを目的としていることを考えると、人の知能を理解するという人工知能研究の対象は、極めて壮大で広いものです。
人工知能の重要な一分野である機械学習は、コンピュータにより規則や法則をデータから導きだす手法であると言えます。世界中でビッグデータの重要性が唱えられ、医療や交通、マーケットといった分野での活用が大きく期待されています。近年では、Deep Learningと呼ばれる深層学習法が画像処理や音声認識で他のアルゴリズムと比較して顕著な性能を示しており、我々の研究室においても、複数の研究で用いています。これは、情報の集約と抽出という観点から見ると、情報の特徴抽出とその表現を学習する能力に秀でています。ネットワーク技術の進展を背景とし、大規模な情報の集約と抽出により、データの量が質に変容する時代においては、学習能力は大きく向上しており、学術分野だけでなく、産業界からも大きな期待が寄せられています。
人は、他者を含む環境との相互作用を通じ、常に学習し、その行動を変化させています。この相互作用には、物理的な作用から、対話といった論理的な作用、また感性や感情による感性的な作用があります。一般的に知能の働きとされる言葉や思考のみならず、運動もまた学習の産物です。さらに、人が複数集まると、社会が形成されます。複数の人々による協調や競争は、個々の思考、行動を変容させ、また新たな行動を生み出しています。つまり、人々の知能は、社会の中で相互作用を繰り返し、得手不得手をうまく組み合わせることで、知的社会を形成し、成熟して来ましたた。近い将来、人工知能を搭載したロボットは社会の中で重要な役割を果たすことは間違いないと考えています。感情労働を代替もしくは支援する社会的ロボットが、真に人に寄り添うためには、人の意図や情動を理解することが重要です。人は嬉しい時に笑い、悲しい時に泣くが、感情と行動はフローチャートのような簡単な規則では記述出来ません。人工知能研究の発展は、人が行う論理的帰結による思考プロセスのみならず、直感や感情に基づく意思決定の理解まで広げる「ヒューマン・テクノロジー」へ導く大きな挑戦でもあると言えます。
研究キーワード:人工知能,感性研究,人間型ロボット,機械学習,音楽音響信号処理,次世代インターフェース